生産工程
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いぐさの苗は、その生育にあわせて2回の植え替えを行わなければなりません。畑(苗床)で育てた1次苗を水田苗床に植え替えるのが8月。そこで育った2次苗を掘り出すのが11月下旬。共に体力のいる作業ですが、根が複雑に絡みあった2次苗を本田植え付けのために数本ごとに分けていく作業(株分け)は、根気も試される大変な重労働です。
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12月上旬に、数本ごとに株分けした苗を本田に植え付けます。現代ではいぐさ移植機などを利用する農家も増えましたが、昔は当然のことながら手作業で行われていた作業です。冬の冷えきった水田に腰をかがめ、素手で苗と土の感触を確かめながら1株ずつ丁寧に苗を植えていくこの仕事は、大人から子供までが参加した一家総出の作業でした。
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植え付けの翌年5月頃に、生育したいぐさの根本にまで日光が当たるよう、いぐさの先端を刈り払って新芽の発芽を促します。この行程が必要なのは、収穫45日前頃に出る芽が高品質のいぐさになるとされているから。専用の先刈り機を用い、二人一組でぴったりと高さを合わせながら行うこの仕事により、太くてしなやかないぐさが育まれていきます。
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5月頃にいぐさが立派に成長すると、水田に杭を打ち、網を張ります。これは、強風などでいぐさが倒れないようにするための大切な作業です。太陽を浴びたいぐさは150cmを越える高さにまで成長します。近年では風で倒れにくい低い品種も開発されていますが、いぐさは昔から長いほど品質がよいとされるため、昔ながらの方法が守られているのです。
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6月下旬から7月中旬になれば収穫の時期。水田にかけた網を外し、立派に生育したいぐさを機械で刈り取っていきます。刈り取りの時間帯は、気温が低い早朝や夕方です。これは刈り取ったいぐさが、昼間の強い日差しにより熱を帯びたり変色したりするのを防ぐため。きれいに束ねられたいぐさの、美しいグリーンのグラデーションが印象的です。
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刈り取ったいぐさを、その日のうちに泥染めします。泥染めとは、江戸時代中期頃から行われている天然染土を用いたいぐさの加工法のこと。この作業を行うことにより、いぐさは畳特有の落ち着いた香りをまとい、美しい色・ツヤを帯びていくのです。泥染めの後は機械での乾燥行程へ。これが終われば、ようやく畳表づくりの行程の始まりです。
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乾燥させたいぐさを長さごとに選別したら、傷や太さのチェックを行います。こうして選ばれた良質ないぐさだけを織り機にかけ、いよいよ製織へ。リズミカルな機械音とともに織り上げられる畳表には、QRコードタグが挿入されます。これは熊本畳の高い品質を保証するだけでなく、中国などの他産地との区別化、産地偽装防止に役立っているのです。
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織り上がった畳表を一枚ずつチェックし、織り傷がないかを確認しながら最終の仕上げを行います。畳表づくりの行程は、様々な技術革新によりずいぶんと機械に任せる部分も多くなりました。しかし、この仕上げだけは職人の目と感覚以外に頼れるものはありません。長年の経験と集中力で細かな織りムラなどを調整し、畳表が完成します。
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仕上がりの行程を終えた畳表はさらに熊本県畳表検査規格に基づいた厳しい検査を受けます。高品質の熊本畳は、職人たちの自主チェックだけでなく、こうした外部検査により保たれているのです。これに合格すれば検印が押され、はれて熊本畳表のできあがり。国産表示シールや製品表示票などが付けられ、全国へと出荷されていきます。
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畳表を稲藁を重ね圧縮した畳床の上にかぶせ、長辺に畳縁を縫い付けると、私たちがよく知る「畳」の完成です。家に畳を敷き入れる際に必ず採寸を行うのは、壁面や敷居の反り、柱などのわずかな出っ張りにあわせて畳を調節する必要があるから。現場に出向く畳屋さんの細やかな仕事によって、部屋に隙間なく収まる畳が完成します。